豆日記

学生という特権を駆使して言いたいことを言い散らかす生き恥の集積場です。

【2018.2.2 日本経済新聞社×Goodpatch×MOGLID】

【2018.2.2 日本経済新聞社×Goodpatch×MOGLID】

 

インハウスデザイナーからフリーランサーまで、3社の話を聞くことが出来たいい機会だった。

 

それぞれ働き方の違いはあったが、デザインとビジネスは切り離せない存在であることだ。

ビジネスにはデザインがないと成り立たないこと。

 

トークセッションのときにARCHECOの熊崎さんが「親に職業聞かれたら営業だと言っている」と言い、その時は会場はハハハという感じではあったが、これはとても深刻な問題である気がする。

実際に私も親や祖父母に何勉強してるのと聞かれて答えても理解されなく、結局デザインだから表面的なことをやってるんでしょと言う形で終わってしまう。

もう2年前の話だが高校の時にも小論文でデザインとアートの違いという今思うと根本から違うアホらしいものを書いていた。この時の書いた違いはクライアントがいるかどうかとかだった気がする。つまりデザインはクライアント中心設計の装飾的なものだとこの時は言っているようなものであった。アホすぎる。

しかし、普通科高校に進学した高校3年生の遠藤真緒はそう捉えていて、その文を添削した美術の先生も国語教師も問題ないどころかイイ文章だと褒めてくれるぐらいにはデザインのイメージが旧式のままであった。

(ついでにその先生はいまでも私がグラフィック系のデザインをガリガリやってると思っている)

 

デザイナーの種類が多様化する一方でデザイナーの捉え方は変わっていかないのはなんでなんだろうなと疑問に思った。

(デザインという言葉の持つイメージが強すぎるから?もしくはデザインの範囲が広がりすぎてデザインの定義が曖昧になっているから?または日本国内から世界を震撼させるようなデザインによる成果がまだないから?)

 

 

 

 

どんな業種かまだ悩んでいるという話をしたら何になりたいかじゃなくて何をしたいかではないかというアドバイスをいただいた。

自分は一体なににをやりたいのだろうか。

まだはっきりとはしない。でもデザインに関わっていきたいのだろうなとは思う。

 

 

今学んでいることは思っているより価値のあることなのだと感じた。

だからといって今学んでいることを受動的に授かっているだけでは全然足りないのだということも実感した。

春休みの間にどう行動に移せるかが鍵だ。

まず手始めに面白みのかけらもない状態のエクササイズのUIを修正しようと思う。

 

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メモ

 

1.情報を蓄積する

UI であってもサービスであっても情報の蓄積が大切。

こういう人ならこれが好き、逆にあれは好きじゃないなどデータが自分の中であることでユーザー視点が生まれる(?)

 

2.プロトタイピング・実装する

何かできたら実際に作って使ってもらってフィードバックをもらうフィードバックをもらうとどんどん良くなっていく。ユーザー中心だったらユーザーに使ってもらってどこが良いか、ダメかを把握する。

 

3.常にwhyを考える

WhatとHowベースで考えると作業になる。

これをやることで何をしたいのか、なぜやるのか問い続ける姿勢。

言われた言葉をそのまま受け入れないでなぜ?を考える。聞く。