豆日記

学生という特権を駆使して言いたいことを言い散らかす生き恥の集積場です。

UXデザイン概論に参加した話

 

 

UXデザイン概論(2018年HCD-Net東海UXデザイン連続セミナー STEP0)に参加してきました。

稚拙な言葉になりますがUXについて改めて捉え直すことができました。

また、懇親会では大学で忘れかけていた人間の温かい愛情にふれホロリとくるものがありました。

 

◾️講座内容について

UXD概論ということもあり内容としてはUX、HCDの基礎的なことでした。

普段授業やプロジェクトでやるときは「手法としてのUXD」なんですよね。言葉がきついかもしれませんが「形式的UXD」みたいな。

どこかにもちろんユーザーの嬉しさはあるんですが、サービスを完成させるための手段、考え方としてUXDがあるというような感じ。

本当の目的はサービスを完成させることではなくサービスを使った結果ユーザーがどうなるかなんですけどね。どんどんのめり込んでしまうとユーザーにどのようになって欲しいのかが疎かになってしまいがちで「ユーザー体験デザイン」の「ユーザー体験」が薄くなっていくぞ🤔というような。過剰表現するとこの手法でやったんだから絶対このニーズは間違いないよ!手法でやったんだから間違いないよ😉となりがち。このままいくと失敗に気づけない哀れな自称UX/UIデザイナー(笑)まっしぐらなので「どうなってほしい」を常に軸に持てるように頑張りたいです。

 

 

◾️機能と体験の話

機能と体験の話がありましたが優れたインタラクションには優れたUXは必要ないけど逆は絶対にありえないみたいな話をどこかで聞きました。結局は機能が重要なんじゃないの?みたいな質問がありましたが全てはこれに終結するのではないかなと思います。全く関係ないですが私のバ先にはどちらもないです。

 

 

◾️UXデザイナーは時間を扱うスペシャリストである話

UXデザイナーは時間を扱うスペシャリストという言葉がなるほどなぁと思いました。

体験をデザインするというと瞬間的UXをデザインすることに気を取られがちになり、結局は機能中心になってしまう気がする。

ここの時間とはユーザーとサービスの文脈を表している(と思う)のですが文脈を読み解き、再構築するなんて言われたら何言ってるんだこいつ??という感じですし。

そのサービスに関する一連の時間を総合的に扱うとなるとなんだかわかりやすい気がします。今度家族にお前学校で何してんだと聞かれたら「時間をデザインする勉強をしてるよ(シャララン......)」みたいに言ってみようと思います。流石に中身省略しすぎ感はありますが。

UXを勉強してる、仕事にしてるみなさんの親や家族から 「お前何してるの?」ときかれたらなんて答えてるんでしょうか。前は営業って答えてるという方はいらっしゃいましたが。

 

 

◾️死なないペルソナの話

山崎先生は何人かのしっかりとしたペルソナを何度も使い回すという話。

確かに企業とかのユーザーがある程度絞れるのならその方が効率的です。

私はペルソナ大好き人間なので何かサービス作るときに絶対に「あ〜こいつのこと絶対に幸せにしてやりて〜。こいつにもっと豊かな人生送らせてやりて〜」と思いながら考えてます。言葉にすると物凄い上から目線で正直自分でも引きました。

ペルソナに対する愛情だけなら自信があります。

一方で妄想ペルソナになりがちなんですよ。一応調査して分析した結果からペルソナを作るのですが地に足ついたペルソナなのか自分ではわからない。ゴールであるペルソナを信じきれない!どうすればいいんだ!!!!

自分が信じきれないせいで何人ものペルソナを殺してきたんだと思うと涙が出ます。京子……由紀……殺してしまってすまねえ……

ペルソナ連続殺人事件だよ……

ちゃんとゴールとしてのペルソナを作ることを胸に誓いました。

 

 

色々と質問したいことがモリモリあったのですが質問タイムでは別件で心が折れ、懇親会では気の高まりのあまり聞き忘れるというゴミオブゴミみたいな状態でしたので今度お会いできたときに聞いてみたいと思います。

 

 

 

ところどころで発せられる安藤先生のパワーワードがとても面白かったです。

 

 

 

 

 

◾️世界をもっと愛に溢れた世界にしたい話

 

誰にも褒められなさすぎて10秒褒められただけで号泣する自信があります。

最近の若者は自己肯定感が低いとか言われがち(当社比)ですがそれって絶対他人から褒められないからだと思います。

褒めるときは影で褒め合い(本人に届くことは基本ない)家族には最低でも月一で東京に遊びに行く女だと思われ特別誰からも肯定されることなく生きてきたのでほんとよくよく考えるとこんな環境下で今までやってこれたなと思います。

もっと他人を褒めて愛に溢れた世界にしましょう。

絶対1日1回は他人を褒めた方がいいし他人に感謝の気持ちを述べた方がいいと思うんですよ。私自身も何か他人から施されたときは「すみません」ではなく「ありがとう」と言えるような人間でありたいです。そして私の周りをもっと愛に満ち溢れた世界にして私を幸せにしていただきたいです。

 

 

そして愛とメンタルの強さと意識の高さを装備して就活に挑んで行きたいと思いました。

(安藤研の展示会を見に行った後も同じようなことを言ってた気もします。)

 

 

 

◾️懇親会の弁解の話

懇親会で物凄いはしゃいでたのですが弁解をさせていただきたいです。

 

お酒が入っていたのもありますが本当にUX王子大好きミーハークソ女みたいな行動ばかりして本当に申し訳ないです。

 

私はめちゃくちゃ安藤先生大好き人間なのですがしっかりと理由があって(?)好きです。

顔が好き!!!とかそういうのではなくて、私と久保田が愛を取り戻した(?)場所が安藤研の展示会なんですよ。

私たちに足りないものは何かってなった時に答えが愛だったんです。

なんかこれだけ読むと勝手に安藤先生に愛をもらったと勘違いしてる夢女みたいで自分でも笑いました。

心が荒んでた時期に安藤研の展示会に行ったのですが、安藤先生が自分の学生のサービスの良いところをプレゼンしてるんですよね。物凄い衝撃的でした。もちろん自分自身が自分のサービスを愛してあげられることが一番なのですがやはり自信が持てないんですよ。なんかそこで指導者がここが良いって肯定してくれるのって学生にとって物凄く自分のやったことは間違いじゃなかったんだって安心できますし自信になるんですよね。そんな風に失敗恐れてるから成長しないんだよと言われたらそれまでですけどね。

まあ安藤先生が前に展示会のUX設計は慣れてるんですが〜みたいなことを言われていたので来場者がそういう風に思うことまで踏まえた上での行動なのだとは思いますが。安藤先生の手のひらの上でコロコロされてます。きっと勝手にコロコロしてるふしもあります。

 

でも安藤研の展示会に行った結果感動しすぎて同級生と夜ホテルで付箋に自分のサークルの展示会との比較を書き出して来年はこうしようみたいなことを似非KJするくらいにみんな衝撃受けたのは事実です。

 

まあそれを踏まえた上でも今回懇親会での行動は本当に反省しかないですね。羽生結弦を前にしたファンみたいな感じでした。なんか本当に実力のある先生に対してアイドルのようにキャーキャー言うのは如何なものかと昨日の自分を叱りたいです。

これからは節度を持って生きていこうと思います。

 

 

 

 

 

以下今回のセミナーの内容自体とは全く関係ない私のグラレコに対する独白になります。

私はグラレコアンチ過激派なのでグラレコファンの方は読まないほうが良いと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◾️なぜ私がグラレコアンチかという話

サークル内ではグラレコアンチ過激派として名高い(?)私ですが一回どこかでなぜ私がグラレコアンチなのかを描いておきたいと思ったのです書きます。アンチと言いながら何だかんだグラレコと関わりは持っていますが。

 

私がグラレコを何となく好きになれない理由として何個かあるのですが

「描けてないのにもてはやされる」

本当にこれが嫌なんです。

決して何でアイツ全然描けてないのにあんなにもてはやされてるんだよっていう感じではないです。

私自身が描けない人間なのに完成するとなんとなくそれっぽく見えるから「すごい!」「一目で内容わかる!」「写真撮らせてください!」とか言われるのが本当に苦痛なんですよね。自分が質の低いグラレコを描きがちなことがわかるから特に。

ならはやく描けるようになれっていう話ですが。

女子大生が頑張って描きました><ということに価値があるのかなと思いがちです。実際のところそうなんだろうけど。

ぶっちゃけた話なんちゃってグラレコ、それっぽいグラレコって誰でも簡単に描けるんですよね。カラフルでいい感じにイラスト描いていい感じに背景色で分割すれば誰でもそれっぽいものは描けるんですよ。構造化されてるか、話の主旨がおかしくなってないかとかを考えなければ。

あと登壇者についてきてる?とか心配されるグラレコとか最悪だと思ってます。円滑に進めるためのグラレコ/記録用としてのグラレコがスピーカーの邪魔をするってあってはならないと思うんですよ。

こんなグラレコして価値あるのか?と思います。

そして何がつらいって自分が今あげた条件をほぼほぼコンプリートしてるんですよね。

これらをできる人が身近にいて、なおかつ自分は全然できないなんて状況なら根暗ひねくれクソ女ならアンチになるのも仕方ないと自分自身を擁護してます。

逆に言えば構造化されてて話の主旨が伝わりやすく、わかりやすく、紙の周りに集まって自然とディスカッションが生まれるようなグラレコならそれはもっと奨励されるべきであると思います。そんなレコーダーは日本に何十人いるか知りませんが。

 

まあそんなこと言ってたら新しくグラフィックレコードをしたい人を全否定することになってしまうんですけどね。

 

 

グラレコの繁栄と共にジョウヨウ女子大()は栄華を刻んできました(?)が常葉のグラレコの衰退によりどう変化して行くのでしょう。もしかしたらグラレコ4.0みたいなことが起こるかも!言うだけなら自由!!乞うご期待!!

 

 

補足

グラレコアンチって言ってますがグラレコが嫌いなわけではないです(?)

主催者がなんのためにグラレコと一緒に会場を作り上げたのか、どのように利用したいのかなどがしっかりと定まっていて、なおかつレコーダーがそのために描き上げている場合のグラレコは大好きです。ただ単に聞いたものとプレゼンデータをレコーダーが何も咀嚼をせずに描いてしまったらそれはどうなんだろう?というだけです。

こんなにグラレコのこと野次飛ばしてますが私は本当に描けない人間なので常にビクビクして生きてます。

 

ネタで言ってたグラレコ4.0ですがもしかしたら本当に起こるかもしれないです。

いつかブログに書くかも!